介護の中、身についてしまった変な能力

介護問題

いかがお過ごしですか?

このブログを訪れて下さって

ありがとうございます。

今日は恵方参りの日です。

 

私が知らない内に

身につけてしまった、

変な能力のことを書いてみます。

 

目次

30代の頃から目が離せなかった「老い」

このブログでも書いてきましたが

私は30歳の頃から

親の「老い」に付き合ってきました。

 

30歳って 今の私から見たら

とっても若くて

「老い」を身近に感じるような

年ではないと思います。

 

人生は まだまだこれからで、

体も若く

見た目も子供っぽささえ

感じるような人もいるくらいです。

 

 

母が病気になり ぐんぐんと老け、

それに連れて父の精神状態が

悪くなりました。

 

母はもう亡くなりましたが

その母の病気による「老い」と

自力で活動できなくなってからの

父の「老い」を間近で見てきました。

 

40代を超えた人の頬骨

私は30歳の頃から25年以上

「老いる」ことから

目を離せなかったのです。

 

そんな私に変な能力が

付いてしまいました。

 

 

40歳を超え、頬骨の位置が

うっすら分かるようになった人の

最晩年の顔が分かってしまうのです。

 

介護の仕事をする人も

同じような能力があるのかな?

と思います。

 

老いた人に「若い頃は綺麗だっただろうな」

と思う事はあるでしょう。

 

でもその反対に

今現在若い人の綺麗な顔に

その人の「老いた」顔を探すことは

しないかも知れませんね。

 

介護職の知り合いに

今度聞いてみたいと

思います。

 

高齢者と接してきたお陰?

この能力は

たぶん母の病気のお陰(?)

だと思います。

 

私は高齢者の病気の人と

接することが

多かったのです。

 

 

人が短期間のうちに

みるみる老いていくのを

何人も見てしまいました。

 

その為、こんな骨格の人は

こう老いる、というパターンが

頭の中に出来てしまったのです。

 

もちろん 鏡に映った自分の顔にも

その能力は発揮されます。

「虚しい・・」そんな気持ちに

なります。

 

その能力で手に入れた物、失った物

その代わり、

良いこともあります。

 

お日様が必ず翳っていくいくのと

同じように

自分が必ず老いていくのを実感すると

否が応でも謙虚になります。

 

ずけずけと嫌な事を言われても

気にならなくなります。

言う相手も 言われる自分も

その内みんな死ぬんですから。

 

 

一方、悪い事は

虚無感に苛まれることです。

 

何かが欲しいとか

自分はこうなりたいとか

虚しくて

どうでも良くなってきます。

 

私は子供を持ちましたので

なんとか子供が独り立ちするまでは・・と

その責任感で生きていたような

気さえします。

 

なんでもかんでも

「どうぞお先に」

「私はどちらでも良いです」

と言っていました。

 

どうせ必ず死ぬのですから

本当にどちらでも

構わない気がしていました。

 

自分の事、自分の気持ちを

大事にしていませんでした。

 

 

死ぬまでの短い期間に

「あれが欲しい」とか

「自分はこうしたい」とか

言ってみてもしょうがない。

 

そう思っていました。

 

傲慢で感謝知らずな考え方

今考えると

なんて傲慢で感謝知らずな

自分だったろうと、

恥ずかしく思います。

 

けれどその頃の自分を

責める気はありません。

そう考えてしまうくらい

私は苦しかったのでしょうから。

 

精神的に過敏だったかも

しれませんし、

あるいは親に依存していたのかも

知れません。

 

学びをくれる父

母は亡くなり、

今は父の悲しい状態を見ています。

 

でも私は少しだけ強くなりました。

きっと神様が 父を通して

「学べ、学べ」と仰っているんだろうと

思います。

 

 

頭が壊れてしまい

物のように扱われる父の命も、

まだまだ元気だけれど

必ず年老いていく私の命も。

 

愛おしい命に変わりはありません。

 

大事に生きていきたいな

と思います。

 

 

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