ゲシュタルトセラピー体験記 その1

日々の気づき

以前から興味のあった
ゲシュタルトセラピーのワークショップに
参加してみました。

 

百武正嗣さんと仰る
カリスマ的なゲシュタルトセラピストの
実践の場が私の住んでいる近くで
催される、と知ったからです。

 

木の香りの漂う様な明るい
貸会議室でした。

 

参加者の方達は
皆さん仲良さそうで
寛いだ雰囲気でした。

 

右も左も分からず
キョロキョロしている私に
優しく声をかけて下さいました。

 

私のその場の第一印象は
「安全」で「優しい」という
ものでした。

 

 

その場の皆さんが全員
百武先生の事が大好きなのが
分かりました。

そして「先生」とは呼ばず
「ももちゃん」と呼んでいました。

 

ワークは2部構成になっており
私はその第2部で
抽選に当たってしまいました。

 

百武先生のセラピーを受ける、
という抽選です。

 

そこに集まった人達は
百武先生のセラピーを楽しみに
遠い所から来られているのに
興味本位の私が当たってしまったのです。

 

最初は辞退しました。

 

午前の人のセラピーの様子を見て
「私には、こんなに細やかに
 自分の体の状態を感知する
 準備が何も出来ていない」
と感じたからです。

 

百武先生は
「他の人に順番を譲っても良いけど
 お昼ご飯の時間をはさむから
 その間に考えて」
と仰いました。

 

お昼休みに皆さんが
「せっかくのチャンスだから
 ぜひ受けてみて!」
と優しく言って下さいました。

 

皆さんが私よりも年下でしたけど
とても心の深い人達でした。

 

相談する事も思いつかない・・
と思っていましたが
ふと父の事を相談してみよう、
と思いました。

 

午後の部が開始になり
百武先生に
「やっぱり受けさせて下さい」と
お願いし、セラピーは始まりました。

 

 

父の胃ろうの事について
私の後悔を相談しました。

 

胃ろう手術の判断をする時に
「もしも今、父の意識があれば
 胃ろうは断るに違いない」

 

そう思いながら
「胃ろうをしなければ2か月位で
 亡くなります」
とお医者さんに言われて・・

 

「それでもしません。」
と言う強さが
私には無かったのです。

 

意識の無い父に胃ろうをした事が
私の心にずっと引っかかって
いたのです。

 

胃ろうをする前から
私にだけ毒舌を振るう父でしたが
胃ろう後 奇跡的に復活してからは
その毒舌はさらに激しい物になりました。

 

「父は生きているのが
 辛いのだろう」

 

「そういう選択を
 私がしてしまった」

 

「父の今の辛さは私の責任だ」
そう思っていました。

 

百武先生にそういう経緯を
小さな声で説明しました。
百武先生の目は
草食動物のようでした。

 

「じゃあ、お父さんになってみて」
と言われ、
私は15~6人の受講生が
円陣になって椅子に座っている真ん中で
クッションを並べて寝ころびました。

 

父がいつもしている様に
口を大きく開けて息をしました。
舌は喉の奥の方に引っ込ませて
はあはあと呼吸してみました。

 

「お父さんは何て言ってるの?」
と聞かれ、

 

「・・・」
「・・・生きてるのが辛いなあ。」
と父になった私が答えました。

 

「もう、死にたいなあ」
とも言いました。
そう言いながら涙が
目の端っこからドンドン流れてきました。

 

「はい、いいよ。椅子に座って」
と言われ、
再び百武先生の目の前に
座りました。

 

「あなたの妹さんは
 判断を放棄したんだよ。
 責任をあなたに全部背負わせた。」

 

私が心の中でずっと思っていた事を
代わりに言って下さいました。

 

「今の医療にも問題が有るんだよ。」
とも仰いました。

 

「それから、お父さんの人生は
 お父さんが作ってきたものなんだよ。」

「お父さんの人生は
 貴方のせいじゃない」とも。

 

そうです。

 

私は父が作ってきた人生の
最終的な辻褄を
合わせてあげようとして・・

 

父の酷い毒舌を
「それで気が済むのなら」と
黙って受け止めてきたと
思います。

 

対外的には「立派な人」
と言われたくて
人格者のような言動をしていた父。

 

そして私と2人になると
いろんな人に対する
不平不満、蔑み、疑い、勘繰り、
心の醜い所をさらけ出す父。

 

体も動かなくなり
誰も自分を必要とせず
軽んじられる事を受け入れられない
父なのです。

 

人をけなす事が唯一の気晴らしなら・・
と私は黙って受け止めていました。

 

でも私はそれが苦しかったのです。

 

父の醜い所を見たくなかった・・
辛さを誰かに分かって貰いたかった・・

 

でも分かって貰うと言う事は
父が文字通り「必死」に
作っている外面を引き剥がし、
貶めると言う事になります。

 

それが可哀想だったのです。

 

妹にも伝えたかった。

 

私に「老人との接し方や心構え」を
教える妹の事を
父が馬鹿にして
笑っている事を。

 

時にはよっぽど言おうか、
と思う事も有ったけれど、
言うと取り返しのつかない事になりそうで
やっぱり言えませんでした。

 

 

随分、自分の心の事ばかりを
書いてしまいました。

 

長くなり過ぎたので
2部に分けました。

続きはこちらです。

ゲシュタルトセラピー体験記 その2

 

本当に修行中のこんな私ですが
気学の考え方に出会った事で
随分と救われました。

 

何かお役に立てる事も
有るかも知れません。

 

特に親子関係の痛み、
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